従来型(いわゆるワットポースタイルやチェンマイスタイル)のタイマッサージを続けていると体を壊す、という人がいる。

だから、今までのスタイルを捨てて、自分の体に優しい、更にはタイマッサージをすることで健康になるスタイルを習得しなければならない。

そういうロジックだ。

もっともな話に聞こえる。自分の体が楽なだけでなく、一緒に健康になれるようなタイマッサージがあるならばそちらの方がいいに決まっている。

そのタイマッサージの流派が、チェンマイで有名なピシェット先生が教えているスタイルだ。オールドメディソンホスピタルのチェンマイスタイルをベースにしているようでしていない。ピシェット師はオールドメディソンホスピタルでの勤務経験もあるが、タイ伝統医療の家族と育ったため、足を多用する古い手技が基本スタイルになっている。

ピシェットスタイルの特徴を一言で言うと、”No tension”である。
自分の筋肉の緊張を徹底的に取り除き、完全に脱力して、自分の骨格をターゲットに対して正しい角度にセットして体重をゆっくり乗せる。いや、乗せると言う言い方すら違うかもしれない。息を吐きながら丹田を寄せていく。

これが簡単なようで難しい。脱力を完成させるためにはヨガで瞑想を行うような無の境地に至る必要がある。毎日念仏を唱え、マントラを歌い、仏に仕える。何も欲しがらない、何も与えない、相手をいつくしみ、そっと寄り添う、そして手足の感覚を研ぎ澄まして相手の体と対話する。

そういう深い精神性すら求められる。

だから、ピシェット師に心酔する生徒(いや、信者と言うべきだろう)は何年もの間、ピシェット道場に通い、修行のように技術を極めようとする。その修行は果てしなく、何年頑張っても修了することはない。なぜなら、人間が無の境地に至るのは死ぬか、悟るかどちらかであり、悟りを極めた人間など歴史的にも何人いるかわからない。

まあ、そこまで極端でなくても、ピシェットスタイルは実践可能だし、筋力を使わないのはタイマッサージの基本要素の一つなので、そこにフォーカスして練習するのも正しいことであると思う。しかし、「ピシェット式以外のタイマッサージはすべて体を壊すからだめだ」そこまで全否定するほど、ピシェット式をやっていれば体を壊さないと言えるのか。そもそも、タイマッサージセラピストが体を壊す(壊さない人も多数いる)原因は何なのか。それについて、何回かに分けて考えてみたい。