エネルギーヒーリング

少し前に変なことがあった。私のマンションの部屋番号についてのことなのだが、そのままだとまずいので、仮にその番号を203、206とする。

ある夜、宅配ボックスに荷物が届いていた。出してみると、注文した覚えのないナイキの靴の箱だった。宛名を見ると、受取人の名前は見ず知らずの女性だが、住所は部屋番号に至るまで正しい。ちなみに私の部屋番号は203である。翌日荷物に書いてある電話番号に連絡することにして寝たのだが、翌朝管理人室から連絡があり、その荷物は同じマンションの206の人宛のものであることがわかった。注文の際に間違ってしまったらしい。無事渡して、この件は一件落着した。

と思われた。が、

それからまだ何日も経たない頃、うちのヨガインストラクターが出産のため辞めることになり、スタジオ備品を郵便で返却してもらうことになった。しかし何日たっても来ない。本人はもう何日も前に送ったと言うので郵便局にも確認してもらったところ、翌日ポストに届いていた。郵便局の人が連絡を受けて投函し直したのだろう。何で届かなかったのか不思議に思いながらあて先を見ると、住所や私の名前は正確だが部屋番号が206号室宛になっている。私の部屋は203なので届くはずがない。その人に伝えていた住所を見返したがちゃんと203とメールに書いてあるので、ヨガインストラクターが勝手に間違えたのだ。そこであることに気が付いた。先日の間違いも206であった。郵便物の間違いなどこれまでに一回もないくらい頻度が低いものだが、同じ時期に全く関係のない事象で同じ部屋番号で間違いが起こるものだろうか。このマンションの部屋は40以上あるので偶然にしてもほとんどあり得ないことだ。

実はこのようなことが日常生活でちょくちょく発生する。よくあるのが音楽関係。久しぶりにドナ・サマーの曲を聞きたくなって聞いたら、その翌日に死去のニュースを見た。マール・ハガードのときも、ピーター・グリーンの時も、イアン・ミッチェル(ベイシティローラーズ)の時もそうだった。何十年ぶりかにその人の曲を聴くと、その後訃報があったりする。ビーチで頭の中でカントリーロードを歌った後で入ったレストランでカントリーロードがBGMで流れたこともあった。運転していてナンバープレートが0001の車を見ることは珍しくないが、ある日珍しく隣席に人がいるときに信号待ちしていたらそれに遭遇して、「0001だね」と言った瞬間、その隣の車も0001だった。三軒茶屋にいい物件が欲しいなと思ったら出現する、インストラクター不足に悩むと必要な人が現れる、こういうことは考えすぎか。

世の中では、久しぶりにある人のことを話題にするとその翌日に電話があるとか、困っている時に偶然手に取った本を開くとそこに解決策が書いてあったとか、そういうのをシンクロニシティと言う。それが本当に確率的な偶然なのか、そうではないのかは未だに解明されていないが、私の生活感覚からすると偶然にしてはおかしいことが時々起こる。それは我々が知らない未知の世界のことで、神のいたずらなのか、未知の力が働いているのか、実は世界はバーチャルリアリティなのか、そもそも私の脳内だけにある空想なのか、要するに、わからない。

こういう不可解なことは量子力学の理論の中では起こりうるという話を聞いたことがある。理論物理学の世界では距離や時間が逆転していたり意味を持たなかったりする。ここで話は飛躍するが、巷で見かけるエネルギーヒーリングとか遠隔治療、これは量子力学的に説明できるという人がいる。東大生でも量子力学どころか相対性理論の理解すら困難なので、その人が量子力学を理解しているとは到底思えないが、私も上記のような経験上、そういうことは完全には否定できないと思っている。世の中にあるエネルギーヒーリングのほとんどはインチキかプラシーボ効果に過ぎないとは思うのだが、その中に、仮に本物があるとしよう。そしたら電話一本で体が良くなるのでタイマッサージなんか要らないだろうか。

これについては私は明確な答えを持っている。食べなくてもお腹がいっぱいになるレストランは嬉しいだろうか。飢餓に苦しんでいる国とかならいいかもしれないが、日本のような国では食事の時間が一日の中で一番楽しい時間である。マッサージもそうで、同じお金を払うなら、何もされないで終わるより、2時間くらい、暖かい人の手による至福の時間を過ごす方が遥かに幸せだと思う。

 

初花肩衝

司馬遼太郎の歴史小説を読んでいて非常に不可解なことがある。信長や秀吉の時代に、茶入れという小さな茶器に異様な価値があることである。例えば写真の初花肩衝(はつはなかたつき)、これ一個が物としてはどんなものよりも価値があったという。一国に値すると言われ、名絵師が書いた大屏風などよりはるかに高く、現代の価値で言うと、数十億、数百億くらいの感じだと思う。これがわからない。中国から伝わったものらしいが誰が作ったのかもよくわからないし、芸術作品としての素晴らしさもさっぱりわからない。国立博物館や徳川美術館で、初花ではないが、それに準ずる名物茶入の実物を見たがやはりわからない。これを作った人が最初に売った値段はひょっとすると千円くらいなのではないかと思うくらいだ。

経済ニュースを見ていて、ふと、これはビットコインのようなものかと腑に落ちた。ビットコインは茶入れ以上に原初的な価値は0だが異様な価格で取引されている。茶入れも千利休が「これは大名物だ」と宣言し、信長がすごいものだと思うようになって価値が形成された。最近ではバンクシーの絵とか、山崎ウイスキーとかロレックスの時計がそんな感じで高値になっている。要するに希少性だけが価値の源なのだ。デジタルで何でもコピーできる時代、逆にアナログな希少性を持つものの価値が跳ね上がるという構図とも言える。市場経済というのはやはり何かおかしい。

花粉症対策の真実

毎年ひどい花粉症に悩んでいる。当然、空気清浄機を使っているのだがそろそろHEPAフィルターが汚れてきたころだと思い、シーズン前に新しいのを買って交換した。今までのを捨てようかと思ったが余り汚れていない。そこで、それを何かに再利用できないか考えてみたのだが、ふと、部屋の吸気口につけたらいいのではないかと思いついた。花粉が入らないように花粉シーズンには窓は開けないので、酸欠にならないように換気扇は24時間回している。その換気の空気の入り口に設定すれば入ってくる空気が浄化されるという発想だ。HEPAフィルターを吸気口の大きさに切り取って周囲の隙間から空気が入って来ないようにテープで固定した(写真参照)。これをマンションすべて(といっても2か所だが)につけてみた。すると今年は朝起きたときに目ヤニで目が開かないこともなく、くしゃみ連発で腹筋が鍛えられることもなく、空気清浄機を止めていても極めて快適に過ごすことができた。外から帰ってきて服や体についた花粉を室内に持ち込んでも、換気扇が回っている限りきれいな空気がどんどん入ってきて花粉は排出されるので、時々刻々空気は浄化されていく。こんな簡単なことになぜ今まで気が付かなかったのか・・・

ばかなのか。。。

今まで何十年間も悩んできた花粉症だがこんな単純なことで解決できた。花粉症対策については以下の記事のようなのが一般的で、私が思いついた吸気口HEPAフィルターというのは見たことも聞いたこともないが、これが普及すると空気清浄機が売れなくなるし、花粉症の薬も売れなくなるので広まってはいけない禁断の知識なのだと思う。

コロナ予防と花粉対策、換気でどう両立する? 専門家に聞いた

コロナ対策も実は同じことが言える。島国という利点を生かし、空港にHEPAフィルターを設置し(←10日間強制隔離の例え)、ウイルス流入を止めれば変異ウイルスが入ってくることもなかった。台湾やニュージーランドはこれで完全にコロナ対策が成功している。日本は法律の問題なのか何なのかわからないが、できれば2週間家やホテルにいてね、とお願いするだけで実質的に隔離はない。少し前に浅草で外国人にインタビューしていたが「はい、今隔離期間中です。気分転換に外出してます」とにこやかに何の罪悪感もなく答えていた。これが現実である。どんどんウイルスが入って来るのに空気清浄機(←緊急事態宣言の例え)をぶんぶん回してもコストばかりかかり空気清浄機が止まればまたみるみる汚染される。

なぜ強制隔離をしないのか、できないのか、ネットでは多くの方が水際対策の強化を訴えているのにマスコミも野党もこのことを取り上げないのは謎だ。

ばかなのか。。。

人権絡みの法的な課題があるのかもしれないが、現在の休業要請よりもはるかにコストも安く済むし死人の数も、不幸になる人の数も減らすことができる。コロナ初期のころにファクターXとか、日本は清潔で几帳面なのでコロナが増えないと称賛されたことで慢心してしまったのか。ワクチン開発も自国でできず、水際対策も失敗し、日本という国が実はたいした国ではなかったと気が付くことは自分が大した人間ではないことに気が付いたときのように悲しいものがある。

タイでの電話に楽天モバイル

先日ニュースで見たのだが、タイが観光客受け入れ計画を発表した。ワクチン接種した人は待機なしで入国できるようになるらしい。2021年7月からプーケット、10月からクラビ、パンガー、チェンマイ、パタヤ、2022年1月からはすべての地域が対象だ。ただ、去年もトラベルバブル構想が結局実現しなかったし、今回も対象地域でのワクチン接種や感染者数減少が予定通りに進んだ場合という前提があるのでどうなるのかはわからない。

もしそうなるとしたら、我々日本人の一般向けワクチン接種が7月、8月くらいに行われたとしたら、お盆過ぎから9月くらいにとりあえずプーケット旅行はできそうだ。

そこでタイでの電話事情に再び言及すると、以前紹介したAISタイ プリペイド SIM と楽天モバイルを組み合わせるのがよさそうだ。

最近、通話無料につられてdocomoから楽天モバイルに乗り換えたのだが、0570以外どこにどんだけかけても無料というのは非常に快適だ。しかも、データ通信が1ギガ以下なら基本料も無料になるので、私のようにほとんどの時間、wi-fi環境にいる人にとっては全くお金を払わずに永久にスマホも電話も無料でできるという、全くおかしなプランである。こんなことをして楽天モバイルが儲かるとも思えないので、ある程度契約数が集まったら値上げするか、どこか他のキャリアと合併するとかになるのだろう。

その楽天モバイルだが、もっとも画期的なのは090の携帯番号をIP電話化してしまったことだろう。楽天linkというアプリを使えばLINE通話や050電話のように、wi-fiが繋がっていれば世界のどこでかけても日本にいるのと同じ感覚で通話できる。だから、タイにいても、電話をかけるのも受けるのも日本にいるのと同じだ。しかも2ギガまでは海外ローミングも無料なので、短期間ならAISのSIMカードなしでも現地でスマホが使える。ただ、AISのSIMを400円くらいで買ってスマホに入れれば3ギガのデータ通信と現地での電話番号が使えるようになるので、やはりこれは買っておきたい(楽天linkで現地へ電話したら日本からバンコクに電話していることになるので国際電話料金がかかってしまう)。楽天のSIMとAISのSIMの2枚のSIMが入るデュアルSIM対応のスマホを使えばばっちりだ。ここでふと疑問に思うのが、2つのSIM(楽天はeSIMでもいい)を入れているスマホでデータ通信や通話をAISの方に設定した場合、楽天linkアプリはその電話の090の番号にかかってきた電話をAISのSIMで受けられるのかという問題だ。楽天linkの090の番号は楽天のSIMに紐づけされているので使っているSIMがAISだと紐づけが切れてしまうような気がする。それについてネットで調べたところ、通信が別のSIMに設定されていても楽天のSIMが入っている限り、090の電話も受けられるとのことだ。wi-fiが繋がっていれば電話を受けられるのと同じ原理らしい。今度タイに行くときにちゃんと使えるか確認してみようと思う。

この楽天モバイルだが、無料なんだからじゃんじゃん契約者数が増えそうなものだがそうはならない。なぜかというと、いくつかの欠点があるからだ。まず、基地局が貧弱で、東京23区内であっても、屋内では電波が切れてしまうことが多い。私のマンションでも、職場でもかなり怪しい。プラチナバンドという繋がりやすい周波数を獲得する前の初期のソフトバンクと同じ状況だ。この欠点を補うのがwi-fiさえ繋がっていれば電話も大丈夫、ということのなのだが、wi-fiで通話していると電話が切れてしまうことがまあまあ発生する。なので、職場でwi-fiを使えない人や、仕事の電話がちょいちょい切れてしまっては絶対に困る人には勧められない。ネットで見ると、メインは3大キャリアを使い、サブのSIMとして楽天モバイルを契約している人が多いようだ。

タイで使う電波はAISなので繋がらないとかの問題はなさそうだし、楽天モバイルは海外で使えば日本といつでも無料で電話できる魔法のスマホになると思う。

ナタデココin杏仁豆腐バー

やっと見つけた。初めて食べたのは何年も前だがあまりのおいしさに病みつきになったのが、ナタデココin杏仁豆腐バー。杏仁豆腐はもともと好きなのだが、それに桃も入っていて、ナタデココのもっちりとした触感。ハーゲンダッツもうまいが、それよりももっとうまい、今まで食べたアイスクリームの中で一番うまいと思う。

ところがこれがなかなか売っていない。コンビニやスーパーに行くたびにアイスクリームコーナーをチェックするのだが見たことがない。私が買ったのは唯一、イオンだけだ。そのイオンもいったん品切れになると何年も見なくなる。そして3年が過ぎ去った今日この頃、今週ついに見つけた。最近ちょくちょく行く、イオンの碑文谷店だ。たくさんあったので全部買ってしまった。次にいつ出会えるかわからない。久しぶりの味は、やはりうまかった。冷凍庫の中がナタデココin杏仁豆腐バーでいっぱいになってしまった。

微凍結ビール

ビールに氷を入れて飲む、タイでは当たり前の光景だ。私もそうする。ビヤチャンのようなタイの代表的なビールは氷を入れることで薄まることを前提にアルコール濃度や味が濃い目に作られているらしい。だから氷を入れてもそれほど違和感はない。私がよく飲むのはハイネッケンなのだが、ハイネッケンにも氷を入れることは多い。ぬるいよりは冷たい方がうまいからだ。しかし、ハイネッケンのようなピュアモルトな味わい深いビールはできればそのまま飲みたい。そのまま飲むときはセブンイレブンで買うといい。非常に冷えている。

さて日本。ビールは冷やし過ぎると味がわからなくなるので、5、6℃くらいがいいと言われている。それも一理あるが、暑い夏はキンキンに冷えたビールを飲みたい。なのでやはり氷を入れる。しかし、そんなことをしたらエビスビールが勿体ない。ふと思いついて、冷蔵庫の微凍結室に入れてみた。すぐ出せばよく冷えていいのではないか、しかし、出すのを忘れてずいぶん時間が経ってしまった。飲んでみると凍っていない。冷たくてうまい。アルコールはひょっとして凍らないのか? 一日入れてみたがはやり凍らない。最近の冷蔵庫についている微凍結室は-1℃くらいなのだがビールは-3℃くらいにならないと凍らないらしい。出してすぐは-1℃のビールだ。しばらく時間がたってもそれほどぬるくならないので最後までおいしく飲める。微凍結室のいい使い道を発見してしまったようだ。

枝豆、新しい生活様式、7割経済

このところスーパーに行くと枝豆を大量に売っているのを見かける。しかも安い。私の記憶だと東京では一袋398円くらいだったと思うが198円とかで売っている。どのスーパーでも安い。これはひょっとして、居酒屋に行く人が急減して、本来居酒屋でサラリーマンがお通しで食べていた枝豆が売れずにスーパーに流れているのではないだろうか。枝豆は鮮度が落ちるのが早いので余った分は安くしてでもさっさと売らなければならない。

新しい生活様式というのがある。飲みに行くな、出かけるな、人に会うな、というようなものなのだがコロナに打ち勝つまでこれで頑張りましょう、ではなく、これからはずっとこれで行きましょう、という趣旨である。堪忍してほしい、これでは居酒屋に行くサラリーマンもいなくなるし、旅行する人も激減する。枝豆も売れなくなるだろう。この中に困ったことに「ヨガはオンラインでやりましょう」というのがある。誰がその文言を入れたのか? ヨガは密集してやるものでもないし、お互い会話などしない。換気をして先生がマスクをして広いところでやれば濃厚接触者など生まれない。そういうことを考慮せずに、何でも自粛するのが善のようなことを言うから経済がおかしくなるし、GOTOキャンペーンが批判されるのだ。

7割経済という言葉ができた。今後は自粛によって売り上げが7割になることを前提に商売をしてください、という趣旨だが、売り上げが7割になっても平気な事業者はほとんどいないだろう。損益分岐点はそんなところにはない。居酒屋にしても、飛行機にしても、ヨガにしても、密を避けるために人数制限をしたらその分、客単価を上げないと持たない。しかし客単価を上げるとお客さんはもっと来なくなる。そうすると結果的に弱いところから倒産していく。それはまずいだろうということで、7割経済という言葉も最近は聞かなくなった。

6月初めごろ、コロナは消えてしまったのか、というブログを書いたがその頃が底だった。新たな波は新宿が起源の変異種らしい。研究者によると、この波のピークは7月9日で既にピークは過ぎているらしい。その二週間後に感染者数のピークが来るとすれば7月23日の東京360人というのがピークということになり理論と一致する。そうすると今後夏にかけてもう一度終息に向かうのではないか。減る理由としては我々の認識が徐々に正確になってきたことがあるだろう。当初は空気感染しないので、マスクより手洗い、うがいをすれば大丈夫と言われていた。WHOがそう宣言したものだからアメリカで感染爆発が起こったようなものだ。しかし昨今では、ものを介した感染より声を出したときの空気感染がほとんどだということで(学者は空気感染しないと言った手前、エアロゾル感染とか言ってるが)、感染者がマスクをして換気をよくすることでかなり予防できるという認識に変わっている。毎日毎日違う人が来店して酒を飲むのでマスクもできず、短時間でいっぱいおしゃべりすることが仕事の夜のクラブは感染予防は無理なので徹底的に検査をして感染者を隔離すればいい。身内だけで飲みに行ったり旅行をするのはその範囲から感染者が拡がらないので問題なし。ヨガも三密を避けて行えば問題はない。楽観的に考えればこういう意識を持てば新しい生活様式などしなくてもコロナは終息するはずだ。そして、今後の見通しだが、来年早々にワクチン接種が始まり、打ちたい人全員に行きわたればもうマスクや消毒など不要になるだろう。だって移らないのだから。ワクチン接種がいやな人は打たなくてもいいがその人が感染しようが死のうがそれはその人の選択だ。そういう人が感染して来店しても別にいい。マスクも消毒も要らない。一緒に密になって騒ごう。だって移らないのだから。

そうなればこれまでの抑圧から解放され消費は爆発するだろう。オリンピック前に株価は最高値になる、それも空前の規模で。ヨガのお客さんも戻ってくる。海外旅行もできる。その日が来るまで頑張るしかない。

以下のグラフは東京都が発表している感染者数推移

指名の多いセラピスト

だいぶ前だが中目黒の近くにあるラーメン二郎に行ったことがある。ラーメン二郎初体験だったが量の多さ以上にあまりの不味さに驚いた。不味いものをこんなにたくさん食べないといけない、箸をつけた瞬間からフードファイターの後半戦のような苦しさだった。これが多くのファン、リピーターを生み出す高評価な食べ物、というのは、味覚や好みというのは人それぞれだと思ったものである。私がうまいと思ったラーメンは大阪に何店かある尾道ラーメン、東京なら恵比寿にあった香月、横浜ラーメン博物館にあった純連。しかし、それらの店以上に成功を収めているのが二郎なのだから、いい悪い、うまい不味いは一人の人間が決める絶対的なものではなく、人それぞれの感性、好みの問題だ。私が不味いと思っても、多くの人が最高と思うのであれば、二郎の勝ちである。

だからタイマッサージについてもこれがうまい、これが下手、というのは簡単には決められないように思う。私はゴリゴリやるマッサージ機のモミ玉のような施術は好きではないが、そういうのが好きな人の方が多数派かもしれない。タイマッサージを仕事としてやる以上、より多くのお客さんから指名をもらう必要があり、自分の好みではなくお客さんの好みで施術を行うことは当然のことである。

Sというサロンがある。東京で何店舗も運営する成功店で、WEBサイトを見るとしっかりとした研修システムやセラピストの独立支援まで行っていて、会社としてのスタンスが非常に素晴らしいようだ。聞けばコロナで集客に苦戦する店が多い中、緊急事態宣言明けからたくさんのお客さんが来てくれているとのことだ。そんな繁盛店はどんな感じなのだろうと興味を持ち、ピシットタイマッサージスクールの卒業生もそこで働いているので、店を代表するようなセラピストを紹介してもらうことにした。するとSさんという方が指名ダントツナンバーワンだと言う。そこで後日、Sさんに2時間の施術をしていただいた。

色々と考えさせられた。まずいえることは、悪い点が一つもない。人としての雰囲気もいいし、接客態度も、オペレーションの滑らかさも、そして施術自体も、お話も、何もかも満点だ。ただ、そういう悪いところがないからということではなく、何か人とは違う抜きんでたところがないと指名ダントツにはならないだろう。さてそれは何か?

まずは施術についてだが、非常にいい。何がいいかというと、相手の体との会話ができている。手が触れる度に、ここは凝っていますね、しっかりめにやりますね、と語りかけられているようだ。指圧が入る際には、失礼しますね、痛くないように少しずつ強くしていきますね、という感じで相手のことを思いながら入ってきてくれる感じがある。言葉でそれを言うのではなく、無言で、指や手のタッチだけでそう語りかけられているように感じるのだ。だから強くても体を委ねられる安心感がある。

技術的には脚から行うオーソドックスなタイマッサージの技が少なめで、背中や肩周りを中心に私が知らないようなやり方が多々あったのでどこで習ったのか聞いたら自分で考えたと言う。天才なのか・・・? それらのいくつかは強く弾くようなパターンもありそれ自体は私好みではないがラーメン二郎的にはそれが世の中のニーズなのだろうから問題ない。とにかく、タイマッサージの範囲を超えて誰もやっていない独自の技まで行っているというのはすごいことだし誰にでもできることではない。これが指名ダントツの理由か。

これらのことが彼女の人気の源であることは間違いないと思うが、何週間か経って振り返った時、彼女の最大の魅力は、やはり接客態度だったのかもしれないと思うようになった。丁寧とか優しいとか、そういうことではなく、私が行ったときの嬉しそうな表情、私と話すときの楽しそうな顔、そして帰るときのまた来てくれたらきっとすごく嬉しいという雰囲気。ひょっとして俺のことを好きなのか? 私ごときでこんなに喜んでもらえるのならまた行こう、と誰でも思うだろう。商売何にでも言えることだと思うが、来てくれてとても嬉しい、この感情表現こそがたぶん最も重要だ。

余談だが、中目黒のラーメン二郎のオヤジはものすごく不機嫌そうで超愛想なしだった。それであの集客、ラーメン二郎恐るべし、である。

安すぎるパソコン

コロナで世の中はテレワーク流行りだ。私の場合、会社を辞めてからは自宅で仕事をしているのでテレワークというより、SOHOなのだが、何年も前からテレワークの一つ上を行くスタイルで仕事をしている。それはユビキタスオフィスである。今となっては死語となった、10年以上前のユビキタスオフィスの概念だが、ネットワークでつながることにより、どこにいてもその場所がオフィスになる、というもので、今頃になってテレワークと言っているくらいなので、言うだけで全く普及しなかったと言っていいが私は実践していた。タイとか海外に滞在するときは結構長期間滞在することが多く、その間、お客さんやインストラクターと音信不通になるわけにもいかないので、ホテルにノートパソコンを設置し、電話もメールもホテルで行うのだがお客さんから見たら私が日本ですべて行っているのとまったく同じなのでプーケットやサムイ島でテレワークしても何の問題もない。アフターコロナのテレワークも自宅のみならずリゾートに滞在しつつ仕事、ということが一般的になると思う。

そんなテレワークだが、私はノートパソコンのキーボードが大嫌いで、ホテルに設置すると大きな外付けのキーボードとマウスを繋いで自宅のデスクトップパソコンのようにして使うのだが、その際机の奥行きが足りないとノートパソコンのキーボードの部分が邪魔に思えることが多々あった。そこでふと、今では空港とかの屋外ではスマホでだいたい用は足りるのでホテルでは超小型デスクトップパソコンを使えばいいのではないかと思いついた。そこで見つけたのが以下のパソコンだ。通常26000円くらいだがタイムセールの時は22000円台で買える安すぎるパソコンである。使ってみたが、メモリとSSDの容量が十分で、非常に高速で高性能で驚いた。別途モバイルディスプレイを買う必要があるので合計するとDellの最安ノートパソコンの36000円よりは高くなるが性能と利便性を考えたらこっちがいいように思える。22000円でwindows10もwi-fiも全部入っているとは、中華PC恐るべきである。

Asia

もう30年くらい前の話だが、タイに行ったとき、バンコクの屋台でコピーの腕時計とか音楽のカセットテープとかを買っていた。どちらも違法なのだが、当時は今と違っておおらかな時代で、現代と違ってそれほど罪悪感もなく、気に入った音楽が見つかったら音がいい正規のCDを買っていたので音楽産業にそれほどダメージを与えるものでもなかったのだろう。古き良きアナログ時代である。
その時に買ったカセットで、年毎のヒット曲をまとめたカセットのシリーズがあった。1981年とか1982年とかのヒット曲が一つのカセットに入っていた。日本やアメリカでヒットしていた曲と、タイでヒットしていた曲は微妙に違うようで、私は当時かなり音楽を聴いていた方だが知らないグループや曲もあった。その中でひときわ記憶に残っていたAsiaという曲がある。Asiaというロックグループではなく曲名がAsiaだ。ユーロビートに乗せた女性ボーカルの明るい曲で、オリエンタルな音を入れて西洋人から見たアジアへの憧憬が感じられる、バンコクを旅するときにはぴったりの素敵な曲だ。かなりいい曲なのだが、日本では全くヒットせず、紹介すらされず、その存在を知っていた人は皆無に近いと思う。その後、CD時代、ipod時代が到来し、当時のカセットはすべて捨ててしまったが、ふとその曲のことを思い出し聴きたくなった。しかしタイトルがAsiaである。検索しても出てくるのは別の色々なAsiaであり、探すのは苦労したがついに見つけた。グループ名はMOでドイツのグループだったらしい。そしてyoutubeで久しぶりに聴くことができ感動した。

久しぶりに聴いてもいい曲だ。歌っている人の声もいい。歌もうまい。

ここからが本題である。コロナで仕事が減って、しかも旅行にも行けず、飲みにも行けず、暇暇でテレビやNETFLIXも見つくし、最後にやる暇つぶしはyoutubeとなる。最近はyoutubeで昔好きだった曲を見るのが好きだ。音楽が好きだった当時、アメリカのバンドはビジュアルが一緒にミュージックライフとかの雑誌やベストヒットUSAとかで紹介されるのでなじみがあるのだが、ヨーロッパ系のバンドは曲だけがヒットしてどんなビジュアルかレコードジャケット以上の情報がないのが普通だった。例えば、41年前の1979年、ジンギスカンというグループのジンギスカンという曲が大ヒットした。ラジオで繰り返しかかるくらいで洋楽曲としてはホテルカリフォルニアくらい誰でも知っていたのだが、ビジュアル情報が全くなかった。その後、インターネットが登場し、インターネット黎明期、youtube前の2ちゃんねる文化の白眉として語り継がれるモスカウという一連のコンテンツを見る中でジンギスカンが動く姿を見て驚愕した。歌わないで踊っている先頭の背の高い人も素晴らしいが、後ろの女性ボーカルの一人がとっても素敵で、音楽それ自体よりも歌い踊るビジュアルが何倍も素敵で、当時この映像があったらABBA並みに人気が出たような気がする。

そして話は戻るがMOのAsiaである。コロナで暇つぶしに色々検索していたら、なんと、その曲のライブ映像を発見してしまった。歌っている女性がどんな人だったのか、声は素敵だが、ちょっと地味な女性か、パンクでファンキーなぶっ飛んだ女性か、これまで想像していた感じだろうか、胸の高まりを抑えきれず、文通相手に初めて会うような期待と不安を持ちながらその映像を見た。

眼が釘付けになり、息をのみ、驚きで固まってしまった。

素敵すぎる・・・、こんなに素敵な人が歌っていたのか。。。

本当にびっくりした。表情、口の動き、振り付けもいい。ベリンダ・カーライルやスザンナ・ホフスよりももっと素敵なのではないか、動いているRosie Velaを見たとき以上の衝撃を受けた。しかも動きがピコ太郎みたいでかわいい。これがその映像である。コメントを見ると私と同様、感動している人が数多くいることがわかる。デジタルインターネット時代が来て、Asiaを映像で見ることができ、生きててよかったと思える今日この頃である。