当スクールのコースは大きく、「タイマッサージの基礎」と「40種類のストレッチ」に分かれている。基礎は指圧・手掌圧、ストレッチは足や体を使ったストレッチである。
初めて習う方は、ストレッチのポジションや体の使い方が覚え難く、基礎より難しいと感じるようだ。確かに、基礎はほとんど同じ動きでセンを辿っていくだけなので自分の動き自体は単純だ。
しかし、本当に難しく、奥が深いのは指圧・手掌圧である。
ストレッチの方は、ポイントを理解して覚えてしまえば、誰がやってもそれほど差が出るものではない。しかし、指圧は違う。センス、学習期間、そして本人の意識の持ち方で劇的に違う。そして、最後までその人の性格がリアルに指に現われる。性格が出るというのは個性という意味ではいいのだが、がさつな思いやりのない性格が出る場合は、これはほぼ直しようがない。タイでも何人かのそういう方に会ったことがあるが、その人を教えている先生になぜ直してあげないのか聞いても、「何度も教えているが聞く耳を持たない」ということで、お手上げらしい。
そういう経験を踏まえ、指圧の難しさとは何だろうと考えたとき、それはフィードバックということかもしれないと思った。昔、機械工学でフィードバック制御という技術があった。何か、例えばエンジンでガソリンを燃やす量を最適にすることを考えたとき、その値は常に一定ではない。そのときの外気温やガソリンのオクタン価、エンジンオイルの汚れ等々、諸条件は常に異なるので、そのときの状況に応じて値を決めなければならない。そのときに用いられる手段がエンジン内の温度や出力されるトルク等の値をモニタリングして、その値に応じてガソリン量を多くしたり少なくしたりする仕組みである。これがフィードバック制御だ。
考えてみれば人の体も個人差があり、日によって、時間によって状態は異なる。このため「ここはこのくらいの強さで押す」ということは一意的には決まらない。だから、教えられることには限界がある。
では何を頼りに圧が決まるかというと、それは掌、そして指から感じられる相手の体の声である。このセンシングという考え方はチェンマイのピシェット師が最重要視していることの一つで、私はその考え方を聞いた時に「どのくらいの強さで押せばいいのか」という質問に対する答えだと素直に思った。
相手の声を感じ、それに合わせて圧とその時間を微妙にコントロールする、そういうフィードバック制御の完成度が指圧の奥深さである。わかったつもりの勘違いが一番恐ろしいことで、常に謙虚な、そして先入観のない澄み切った心で相手の声を聞く心構えを磨いていくことが指圧を極めていくこととなる。
それは、通常の、人との会話、人間関係と同じことで、人に好かれる人、人といい関係、いい会話を築ける人の指圧は最初からレベルが高い。逆に空気を読めない人はタイマッサージに向いていないとも言える。「あなたのタイマッサージがだめなのは空気が読めない性格が原因だ」とはとても言えたものではないが・・・