タイマッサージの起源(2)

タイマッサージの世界でシワカ・コモラパと並んで重要なのがオンナモである。タイのマッサージスクールの壁にはシワカ・コモラパの肖像画、そして毎朝レッスンが始まる前にオンナモという呪文を唱えるのが定番だ。

on namoで何を唱えているかと言うと、シワカ・コモラパさまにお仕えいたします、力をお与えください云々である。

一体いつからこの風習は始まったのか。

「タイ・マッサージの民族誌―「タイ式医療」生成過程における身体と実践」によると、チェンマイのオールドメディソンホスピタルを創設したシントーン氏が始めたらしい。今でもオールドメディソンホスピタルにはシワカコモラパの祠があり、毎朝生徒がお祈りを捧げている。この祠は近年建てかれられたものだが、シントーン氏がオールドメディソンホスピタルを設立した時に、同様の祠(神棚)を作ったのが起源だとされる。シントーン氏のタイマッサージはワットポー、理容院、病院の知識を元に何年もかけて練り上げたものだが、それだけでは権威が足りない。シワカ・コモラパから続くという歴史、根拠を与え、更に仏教的な神秘性を加えることで大変有難いものだというイメージを作ったのだという。確かに中国漢方もインドアーユルヴェーダも長い歴史に裏打ちされている。タイの伝統医療にも数千年の歴史が必要だったのだ。

ということは、50年前にはシワカもオンナモも認知されていたなかったことになる。何だかがっかりだが、だからと言ってシワカやオンナモを全否定する気は毛頭ない。これらはタイマッサージ師の心身の健康を保つ上で非常に重要な役割を果たしているからだ。もちろんタイマッサージを受ける人にもいい影響を与える。

「信じるものは救われる」

なんだ、プラシーボ効果か、と思われるかも知れないがそれ以上である。タイマッサージの極意は施術者が疲れないにある。肉体的に疲れない工夫だけでなく精神的にも疲れないことが重要だ。そのためには決して一生懸命自分のエネルギーを注ぎ込んではいけない。シワカ、あるいは宇宙のエネルギーをいただいて、その力に頼ることが大事で、自分は単なる媒介として無意識になってしまう。タイマッサージを始める前の合掌はそういう精神状態になるトリガーとなる。

たかだか50年前に考案されたキャラクターではあるが、嘘から出た誠。シワカもオンナモもタイマッサージの一部としてなくてはならないものになった。それは決して悪いことではない。

タイマッサージの起源(1)

タイのマッサージスクールに行くと必ず目にするシワカ・コモラパの肖像画。マッサージの創始者とされる釈迦の主治医である。タイマッサージの起源は2500年前のシワカ・コモラパであると信じられている。

「タイ・マッサージの民族誌―「タイ式医療」生成過程における身体と実践」という本がある。

この本によると、タイマッサージの起源は、実はそれほど古いものではない。

2004年2月8日放送のTBS「世界ウルルン滞在記で「タイマッサージの総本山、アユタヤ」と紹介されたことに対して「ワットポーが総本山じゃないの?」と言う批判をよく聞いたが、実はアユタヤはタイマッサージの歴史において非常に重要で、アユタヤに伝わったマッサージがタイマッサージのルーツというのが学術的な見方である。もちろん、現在のアユタヤがタイマッサージの中心というわけではない。

2500年の歴史は大げさだが、マッサージが各地で脈々と伝えられてきたのは事実である。医療と言えば薬草を飲むかマッサージをするくらいしかない時代が長く続いていたのだ。それら土着的な伝統医療がアユタヤ王朝で体系化された。それがタイマッサージのルーツである。しかしながら、現在行われているタイマッサージはアユタヤのマッサージそのものではない。アユタヤから更に時代が下り、ワットポーに残された壁画が指圧ポイントの基準となっている。

ストレッチは全く別の起源を持つ。王室や寺院で伝えられてきたマッサージは主に指圧、手掌圧である。ストレッチは「隠者の体操」すなわちルーシーダットンが起源であり、それは地方の土着的な修行僧やマッサージ師によって仏教と大きくかかわりながら発展してきたものである。身体の色々な場所を密着させたり、足で踏みながら伸ばすのが特徴になっている。

現在、タイで行われているタイマッサージは、これらの複数の起源を持つマッサージを複合、編集したものだ。例えば、ワットポーのマッサージスクールで教えているBASICマッサージは、1991年にワットポー協会長が18人の講師と共に古くから伝わるマッサージの理論・手技の中から、10のセン、簡便な技法、ストレッチは安全で効果があるものだけを残し、それ以外は削除したものである。あまり知られていないことだが、ワットポーのタイマッサージはほんの17年前に開発されたものなのである。

続く