ピシットタイマッサージトレーニングスクール

施術者、教師としてはタイマッサージ界で最も有名で、現在のタイマッサージ産業にも計り知れない貢献をしている、ピシット氏のスクールです。

タイ文部省、タイ厚生省の認定校であることはもちろんですが、他のスクールや先生の認定に深く関わっているバンコクで最も権威のあるスクールの一つです。

これだけ有名な先生でありながら、WEBサイトもなく、宣伝も全く行わないため、生徒数はかなり少なく、マンツーマンに近い形でレッスンを受けられるのが魅力です。4
お人柄も大変優しく、陽気で気さく、この人があの有名な大先生なのかと信じられない感じですが、公の場でのスピーチや指導は王様のように堂々としたもので、そのギャップにびっくりします。

お忙しい方なので、ピシット先生から直接指導してもらえるのは、1週間のうち2、3日になります。ピシット先生が不在のときは副講師のパーニー先生がレッスンを担当します。また最近は、基礎コースの場合は、ピシット先生がいらしてもパーニー先生が担当することが多いようです。

ピシット先生は「もっと強く」「痛い」といった日本語や、極めて簡単な英語は話しますが、基本的にはこちらが簡単なタイ語を覚えておく必要があります。ただ、アシスタントの方や他の生徒の方が英語に通訳してくれますので、旅行で不自由ない程度に英語ができれば、何とかなるとは思います。

バンコクのピシットタイマッサージスクール(本校)は閉鎖中で、今のところ再開する予定はありません。

タイマッサージの心(2)

img38c824e65bdac31c8a99a前回タイマッサージを行う10の心得について書いたが、それは、お客様に対するマナー、あるいは、向上心を保つための心得であると解釈された方も多くいらっしゃったかと思う。もちろん、それはそれで正しいのだが、タイマッサージマスター達が「心」の重要性を語る理由は実は非常に技術的なことである。

人間の体というのは掌に対する感受性が異常に高い。手を握ってドキドキするだけでなく、握手は重要なコミュニケーション手段である。相手の手が自分の体に接するといろいろな情報が伝わってくる。タイマッサージマスター達はそれを「気」と簡潔に表現する。いい気を出すためにはいい心がなければいけない。だから心が大事なのだ、と言う。

これまでに数え切れないほどの多くの方からタイマッサージをしてもらったが、明らかにいい気を出している人と、いやな気を出している人がいる。いい気を出している人は、心優しく、まじめで、いつも微笑んでいて気配り上手な人が多く、悪い気の人は、時間や約束を守らず、それを悪いとも思わないような人が多い。悪い気というと何やら神秘的だが、技術的に解説すると、丹田への重心の座りが悪いとか、気が散っていたり緊張していたりして掌まで熱が伝わらず冷たかったり、変に汗ばんでいたりする。そして不連続でテンションに満ちたノイジーな圧を相手に与えながら、それが相手に不快感を与えるだろうということに思いが及ばないような感じが伝わってくる。体は不快感と恐怖で硬直しリラックスどころではない。いい気は逆に、圧が滑らかでゆったりしていて角がない、そのため安心感が抜群で身を委ねているうちに寝てしまうような感覚だ。身も心も緩んでいくことは言うまでもない。

その違いが前回の十か条を守っているかどうかで現れるのだと思う。ピシェット道場では、ピシェット師が毎朝「エゴをなくす」ことの重要性について説法を行い、ノーテンション、センシングという技術的なことに入る前に、仏への帰依による徹底的な心の修練に取り組んでいるが、それは技術的にも根拠のあることなのだ。仏教徒になったり、ヨガや禅に取り組むことは心の平安を得るための早道だと思うが、それだけがその方法ではないので、人それぞれ、自分に合った方法で健やかな心を育てたいものである

タイマッサージの心(1)

img3eff09b0b3b7ee0cd45dbタイマッサージの世界には守るべき心構えというものがある。

1.被施術者に対して慈悲の心を持ち、被施術者の見かけで応対を変えたりしない。
2.偉そうにすることなく、謙虚な心を持つ。間違っても、「治してやる!」というようなおごり高ぶった心は持たないこと。
3.被施術者の気配りに甘えて怠けたりしないこと。
4.絶えず細かい気配りをしなさい。
5.相手の幸せだけを考え、私利私欲をなくす。
6.自己の知識を見せびらかして、被施術者が信じてしまうような自慢をしない。
7.怠けない。手を抜かない。
8.公正公平にすること。えこひいきをしない。
9.運・不運、名誉・不名誉、賞賛・中傷、幸福・不幸、前進・後退等々を恐れず、すべてのものは自分の中に備わっていると信じて一心に施術にはげむこと。
10.邪心を持たないこと

当たり前のことと思うかもしれない。しかし人間とは弱いもので、仕事をしていると、ついつい自分のエゴが出てきてしまうものだ。経験を積み、一生懸命勉強をして、自分の技術に自信がついてきた頃が一番危ない。そこで謙虚で優しい心を持ち続けることができるかどうかが、本当のタイマッサージの施術者になれるかどうかの分かれ目といえるかもしれない。
ピシット先生、ワンディ先生、その他どの有名な先生も、「最も重要なことは心だ」と口を揃える。心がなければ、いくら技術レベルが高くても、いくら経験を積んでいても、それはタイマッサージとは言えない。

忘れられない出来事

何年か前に、一本の電話があった。その電話の主によると「娘がそちらのスタジオのメンバーで、今も会費の引き落としが続いているはずなので止めてほしい」とのことだ。

退会なら本人が連絡すればいいのにと思って聞いていたが、引き続き語られた内容に言葉を失った。

「娘は先日がんで亡くなった。がんになってからはあまり外出もしなくなったのだが、娘はそちらのスタジオでヨガをするのをいつもすごく楽しみにしていて、体調が多少悪くても欠かさず通っていた。末期には髪が抜けてしまったが、病気であることは知られたくなかったのでかつらをかぶって通っていた。おかげで娘は最期まで元気な気分を保つことができた。とても御世話になり、本当にありがとうございました。」

その方は祐天寺の古くからのメンバーの方なので私もよく知っている。何度もお会いしている。しかし、そのことは知らなかった。あまりお話をされず、黙ってレッスンに参加されていたので、そんなに楽しみにしていて、楽しく参加しいたとは思いもよらなかった。インストラクターの誰も知らなかった。

なんだか、その方から大切な贈り物をいただいたような気がした。毎日、業務に追われるなかで事務的にお金をいただきレッスンを提供する、そんなレッスンでこんなに喜んでくれている人がいた、私の行っている事業が一人の人の幸せにこんなに貢献することができていた・・・。感無量とはこのことか、この仕事をやってきてよかったと心から思った。涙が流れた。私たちが提供するレッスンはこんなに意味のあるものだったのだ、これからも気を引き締めてがんばろう、新たなやる気がわいてきた。

○○さん、ありがとうございました・・・

旧友

先日、中学3年の時の友達、そして、クラスの担任の先生と集まった。大学の時の友達というのは社会人になってからも毎年のように会ったりするが、中学の友達というのは疎遠になる。このメンバーも10年以上会っていないような気がするし、何年会っていないのかも忘れた。先生に至っては、中学卒業以来初めてである。
私の出身学校である東海学園中学は今や名古屋トップクラスの進学校らしい。没落した私の出身高校の都立青山高校とは対照的だ。

まあそんなことはどうでもいい。飲み進むうちにどきっとしたのは先生の口から出た望月という名前である。西村先生にとって望月は特別思い入れがあった生徒らしく、望月が・・・、望月は・・・、と何度か話題になった。望月はテニス部のエースで、高校時代はインターハイ等でかなり活躍したらしい。そして、私が中学1年、2年の時の親友だった。中学3年になり、私はテニスはあまり上手にならず、それほどやる気があったわけでもなかったのでテニス部を辞めた。それ以来、望月とはあまり一緒に遊ばなくなり、その後、私は東京に引っ越すことになったので完全に疎遠になった。

「親友」というのはなかなか思い入れのあるもので、中1中2の時の望月、中3の祖父江、高1の工藤、高2の島谷、ありありと思い出せる。今思えば、子供の頃の親友というのは恋愛をする前の段階での、性別の無い恋愛みたいなものなのかもしれない。
疎遠になった親友というのは、今でもちょくちょく思い出すもので、今どうしているのかなあ、このまま疎遠のまま一生を終えてもいいのかなあ、またより(?)を戻したいなあ、などと考える。西村先生から望月の名を聞いたとき、私は、今このタイミングで思い切って連絡してみようと思った。

翌日、中学時代の名簿を探して、その当時の電話番号を見つけた。その電話番号が通じるとも思えないが、ご両親は同じところに住んでいるかもしれないし、だめもとで掛けてみた。電話に出たのは驚いたことに望月のお母さんであった。驚いたのはそれだけではない、望月と、望月の家の別荘に遊びに行ったとき私が宿題を手伝ったこととか、細かいことまでよく覚えていてくれてすぐに私が誰かわかってくれて、もちろん望月の電話番号も教えてくれた。次に驚いたのは、現在望月が住んでいるのが私の住所のすぐ近くであったことだ。

今日からまた、望月との親交が復活するかもしれない、そんなちょっとしたわくわくした気分で望月に電話をした。

私「望月? 元気?! おれ、岡田だよ、中学のテニス部の!」

望月「誰? 岡田? 誰?」

私「(一緒に遊んだ時の思い出をいろいろ語る)」

望月「・・・・。思い出せない。岡田? いたかなあ、別荘に行ったのも誰と行ったのか思い出せない。最近記憶力が悪くて。今は、銀行員をしている。とりあえず連絡先教えといて。」

話はここまでだ。結局最後まで私のことは思い出してくれなかった。もちろんその後連絡はとっていない。古い友達からの電話で、アムウェイとかネットワーク商法の勧誘とか思われるのもいやだ。
何か大事にしていた大切なものを失ったような気がした

タイの両替事情

タイでの日本円の両替だが、以前のブログにも書いたように空港でのレートは非常に悪くばかばかしい。銀行のレートもまちまちだ。
そして昨今では、銀行で両替することすらばかばかしくなってしまった。ではどこで両替するかというと、super richに代表される両替専門店だ。両替専門店は昔からあったし、パタヤにもたくさんある。しかしそれはは何となく怪しく、両替時のサービスもいまいちなのが普通だった。しかし、スーパーリッチは違う。銀行のような番号札があり、エアコンが聞いた待合室で順番を待ちながら快適に両替できる。店内も綺麗で、安心感があり、何よりレートがものすごくいい。出現したのは何年も前だと思うが、このところ急速に規模を拡大しているようだ。窓口だけの簡易店舗はASOK駅やNANA駅構内にもある。私が両替でよく使うのは滞在ホテルに近い、MRTフイクアン(ホイクアン?)駅の四つ角を東に数分歩いたところにある両替所。ここの両替率もよく、土日も含み夜20:30までやっているので使い勝手がいい。タイでの両替も様変わりしたものだが、タイに行くときにはこのことを覚えておくべきである。

現在の両替レートはこちら
タイバーツ満員御礼両替所

カオマンガイ

タイに行くときはタイ料理が楽しみだ。タイに着いたらあれも食べよう、これも食べようと妄想は膨らむ。うまそうなタイ料理は市場やフードコートにある。ちゃんとしたお店でメニューを見て頼んでもいいのだが、それだとどんな料理が出てくるのかわからない。市場やフードコートなら写真も豊富だし、周囲を見渡すとみんなが食べているものを確認できるので、視覚的に、そして嗅覚的に自分のイメージ通りのものが注文できる、しかも安い。唯一の欠点は、ビールを飲んでいる人がほとんどいないこと、一人だけ飲んでいるのは何となく抵抗があるものだ。そんなときは汁ものだろうが麺だろうがテイクアウエイすればいい。ホテルに持ち帰り、ビールと一緒にゆっくり食べる。だからタイに行くときは、軽いプラスチックの食器と洗剤スポンジを持参すると便利だ。

市場で買ってきたソムタム(あまりうまいと思わないのだが・・)、カノムクロック、センレックナーム、惣菜飯を並べてご機嫌に食べた。うまい! と思うのは最初の1日、2日くらいだ。一週間くらいすると市場のにおいだけで食欲がなくなってくる。お腹も調子が悪い。あっさりしたものが食べたくなる。屋台の麺類はあっさりしているようで実は油が結構ぎとぎとだ。富士とか大戸屋とかの日本料理屋でもいいのだが、タイ料理のカテゴリーの中で食べられそうなものを探していると、不思議な料理を見つけた。卵焼きご飯とスープのセットだ。だいたいどのフードコートにもあると思う。卵焼きご飯というのは、ご飯の上に平べったい卵焼きが乗っかったもので、たれがかかっていない天津飯のようなものだ。スープは定番は白菜と豆腐と豚のつくね(肉団子)を澄まし汁で煮たものだがいくつか種類があり選べる。野菜スープのようで食べやすい。この料理があっさりしてて実にうまい。毎日でも食べられそうだが、よく考えると、ワンタンスープに白菜と豆腐を入れればできるし卵焼きもご飯も普通なので自分の家でも同じようなものは簡単に再現できる。わざわざタイまで来て食うようなものではない。しかし、タイに一週間もいるとタイで一番うまい食べ物になるから不思議だ。この料理が昔からあったのか、最近の定番なのかは謎だが、バンコクならどこにでもあるようだ。

カオマンガイという料理がある。タイ人だけでなく日本人にも大人気で、タイ飯の中でももっとも日本人受けする食べ物であり、日本でチェーン店を開いたら必ずヒットする、と私はずっと思ってきた。数年前に、渋谷に実際にお店ができたのだが、果たしてヒットしているのだろうか? カオマンガイも汁なし天津飯と同じで、タイ料理の濃い味と匂いに参った段階で初めてうまいと思える食べ物なのではないだろうか。消去法的に選ばれるだけの食べ物ではないだろうか。バンコクでシンガポールのやつとか、ピンクのカオマンガイとかいろいろ食べてみたが、確かに食べやすいが、日本でいえば鶏釜飯と大して変わらないし、名店の鶏釜飯の方がうまいと思う。要はタイにいて、タイの中でもっともあっさりしていてご飯がしっとりしていて、味覚も日本人に合うのがカオマンガイなのではないかと思うようになった。ピンクのカオマンガイはなぜか大盛がなくなり、普通40バーツはとても小さかった。もう一つ食べるのも芸がないので、近くのモールの8番ラーメンで冷やし中華と(日本風)炒飯を食べた。とてもうまかった。さっき食べたカオマンガイよりうまかった。ついでに言うと、タイで食べるSUBWAYやマクドナルドはとてもうまい。日本ではほぼ食べないが、タイだからそういうものを食べたくなる。

私の理論が正しければ、カオマンガイは日本では成功しないと思う。渋谷の店はどうなるだろうか

世界で一番気持ちいいマッサージを探して(3)

ひょっとして私の感性がおかしいのではないだろうか? ありもしない、架空の理想のタイマッサージを追い求めているだけなのではないだろうか? 他のお客さんは皆気持ちよさそうにしているし、満足げに帰っていく。リピーターの人も多いようだ。そういえば、昔からタイマッサージはこんな感じだったのかもしれない・・・

そう思いかけることもあるが、私の師であるピシット先生のタイマッサージやシンチャイ先生を思い出すと、いや、そうではない、先生がああなのだから、あれが本当のタイマッサージだと思い直すことになる。

タイマッサージではなくフットマッサージをやってもられば当たり外れはほとんどない。習ってみればわかるが、誰がやっても同じ感じになるような技術で構成されている。難しくないのだ。一方、タイマッサージは姿勢やポジション取り、指圧の方法に個人差が出やすいので難しい。

そこで初心に戻り、チャオプラヤ川沿いの、ワットポーの中にある施術所に行ってみた。昔はマッサージを受けるのに入場料を払った記憶はないが、入口に案内されそこで100バーツの観光チケットを買って中に入った。後でわかったのだが、ワットポーマッサージスクール(チトワン通り)から別の寺を抜けてワットポーに入る裏口からだと(関係者用の出入り口?)お金を払わなくても入れる。しかしまあ100バーツなので賽銭だと思って払えばいいかと思う。
ワットポー境内の施術所は今やエアコンが効いた快適な空間である。大繁盛しているのでまだ人が少ない午前中がお勧めだ。午後になると待ち時間が一時間以上になると思う。ここで、とりあえず一時間420バーツのマッサージを受けたのだが、これが感動するくらい大当たりだった。求めているものはここにあった。足先に触れた最初の数タッチで、体の深部へ響いてくるような重量感。打ち寄せる波のような心地いいゆったりとしたリズム。これこそが世界で一番気持ちいいマッサージだ。すぐに施術時間を2時間に変更してもらいタイマッサージを堪能した。そのセラピストはワットポーの標準シーケンスだけでなくエルボーを使った施術やセンを弾く施術など技のバリエーションもあった。隣を見てもそういう技を使っているので、どこで習ったか聞いたら、ここで習っただけだという。今ではワットポーもエルボーテクニックなど色々な教育をしているのだろう。しかしながら、一押し一押しが確実にセンを捉え、思った通りの、期待通りの施術をしてくれるのは素晴らしい。結論としては、タイのお勧めサロンはワットポーの一択である。
余りにも良かったので、翌日また行って、同じセラピストを指名した。だんだん調子に乗ってきて、後半はかなり痛い感じになってしまったが、優秀なセラピストにありがちな現象である。嫌な痛さではなくトリガーポイントをしっかり解す痛さである。痛いのが好きな人にはたまらないが、痛いのが好きでない人は、痛くなくして(タムバオボオ、マイチェップ)と言って暴走を止めるのがいいだろう。自分好みに強さにチューニングしたら、後は至福の時間が待っている。

ただ、ワットポーに行った他の方は「私にとってはいまいちだった」と言っていたので当たりはずれはあるのだろう。ここまで読んでいただいた方には外れの経験をしてほしくないので、私が感動した当たりのセラピストの名前をこっそり教える。そのセラピストの名前はソンポーン(写真の人)、ワットポーを訪れる際は是非指名することをお勧めする

世界で一番気持ちいいマッサージを探して(2)

これから書くことは特定のサロンの悪口と受け取られても仕方がないのだが、まず、ここで取り上げているサロンはタイでも屈指の人気サロンであり、人気と名声があるからこそ辛口になってしまうということを理解していただければと思う。実際、名もないサロンと比べれば平均レベルは遥かに高く、相対的にはお勧めサロンであることは間違いない。また、それらのサロンには数十人のセラピストが所属しているが全員だめなわけはなく、一定人数は非常にレベルが高く素晴らしい施術ができるに違いないが、今回は、そういう人をあえて指名せず飛び込みで入った時にどうかという話で、更に、その施術レベルが私が思い描くわたし好みの最高のマッサージであるかどうかという極めて主観的なものであることをお断りしたい。

チェンマイには、チェンマイスタイルマッサージのプロトコルを開発して世に広めた「オールドメディソンホスピタル」がある。サロンというよりホスピタルなのだがやることは普通の2時間のタイマッサージである。ここには何度も行ったが、一回はとても満足し、二回目はがっかりし、三回目は普通だった。有名なスクールも併設しているのだが、セラピストはスクールで教えている通りにはやらないようだ。変な癖やリズムがついてしまっている。

チェンマイで一時期、日本人に口コミで有名になったのが、スパトラーズ。確かに悪くはないが、痛かったし、意外と普通だった。比べる相手が悪いのかもしれないが、チェンマイのスクールティーチャーである、シンチャイ先生、タノン先生、キム先生が行う体が溶かされていくような至福の感じではなかった。

バンコクで有名なのはヘルスランド。大きな独立した美しい建物の大規模店だが、技術はまあ普通か。逃げだしたくなるほど不快ではないが、幸せになるほど気持ちよくもない。何度も行ったが、どのセラピストもそんな感じだった。

バンコクのプロンポンにある「ワットポースクンビット校直営サロン39」。ここは日本人経営のスクール直営なのでワットポー仕込みの本格マッサージが受けられそうなのだが実際は違う。ワットポーのセラピストではなく、スクンビット校が雇用したセラピストが働いており、技術はワットポースタイルではなく町のマッサージ屋さんな感じである。町のセラピストよりは上手な気がするが、何回か行って、感動するような施術には出会わなかった。

これまでホテルの近くとか行きやすいところばかりに行っていたので、今度は少し遠いがシーロムにあるあの有名な有馬温泉に行ってみることにした。有馬温泉の歴史は古く、30年以上前からJALのスチュワーデス御用達の有名店としてガイドブックにも数多く紹介されている。行ってみると、思っていたような有馬な感じではなく(当たり前か)、大きなマンションの一階が受付になっている大型店だった。受付ではお客さんをどんどんさばいているようで、上の階が施術室になっている。セラピストはすごい数いるようだ。ここでのタイマッサージもどちらかと言えば下手だった。ヘルスランドくらいのレベルだろうか。どんどん客をさばいている感じが工場のようで、私はおもてなしを受けるというより、まな板の上の魚として扱われているような感じすら持った。しかし、長年にわたって繁盛しているので満足して何度も来ている方も多いのだろう。サービスや施術が悪いわけではなく、私の要求レベルが高すぎるだけの話だ

世界で一番気持ちいいマッサージを探して(1)

タイに行けばタイマッサージを受けたくなるが、どこがお勧めかというのは難しい問題だ。スパのようなきれいな施設で受けても一時間1500円くらいだからある意味受けなければ損なのだが、自分が行くとしても考え込んでしまう。
その理由は、適当に入ったマッサージサロンでいいセラピストに出会う確率が極端に低いからである。昔はもっとレベルが高かったようにも思うのだが、最近はひどいマッサージが蔓延しているように思う。そう感じているのは私だけではないようで、チェンマイクラシックアートのオーナーの方も、スクールのページでこのように書いている。

以下引用——————
今、あの「世界で一番気持ちイイマッサージ」が滅びかけています。
最近、チェンマイ式タイマッサージ発祥の地チェンマイでも、あの「世界で一番気持ちイイマッサージ」に当たることが急速に少なくなってきました。
これには、当スクールもとても危機感を感じています。これはタイの国が観光収入目的で、タイマッサージの普及を奨励するあまり、短期間にマニアル的な1-2時間の施術の流れのみを覚えて、その施術しかできない画一的なマッサージ師を大量に排出してしまっている結果だと思います。
ここまで——————

そう、タイマッサージは「世界で一番気持ちいいマッサージ」だったはずなのだ。私がタイマッサージを始めたのも私自身がそう思ったからなのだ。ところが最近タイのサロンで行われるマッサージは、痛いのをずっと我慢している感じになる。一時間で300バーツくらいなので、失っても大した金額ではなく、本当はすぐに中止して帰りたいのだがセラピストは機嫌よくやっているので「へただから帰る」とは言い出せず結局最後まで我慢することになる。ささやかな抵抗としてチップは払いたくないのだが満面の笑みで見送られると結局払ってしまう。つまり、セラピストは自分は「世界で一番気持ちいいマッサージ」をやっているつもりなのであり、そこが救いようがない部分でもある。

マッサージチェアというものがある。ファミリーやパナソニックのようなメーカーが出している大型の高級機だが、最新のものがフィットネスクラブに置いてあるので何度か使ったことがある。マッサージチェアを自宅にも買って持っているような人は「最近のはすごく気持ちがいい」と言うし、フィットネスクラブでも皆さん気持ちよさそうにしている。これがわからない。あれのどこが気持ちいいのか? 背中をゴリゴリされて痛いだけだ。ふくらはぎとか腕はエアーで掴まれるような機能があるがそれも強すぎたり弱すぎたり、何をしているんですか? という感じだ。私にとってはマッサージチェアというのは拷問に近い。あの感じがタイで受けるへたなマッサージの感じだ。だから私や、タイマッサージをよく知っている人はそれがだめなことはわかるのだが、一般の人はひょっとしてあれでも気持ちがいいと思っているのかもしれない。マッサージチェアで気持ちがいいと思うのだから、それよりは少しましな、人がやるマッサージに十分満足しているのかもしれない。そしてそんな客が、セラピストを勘違いさせ、だめなタイマッサージが蔓延する理由の一つになっているのだと思う。

具体的に何がだめかというと、まず、握るように押すことだ。リズムはせわしなくて速く、そして、なぜか指圧を入れた後、圧を抜く直前に皮膚をえぐるような動きが入る。これが痛くて不快だ。もう一つは、ラインやトリガーポイントを的確に捉えていないこと。最初は「こういうツボやラインもあるんだ、この人はよく知っているなあ」などと思っていたのだが、そうではなく、単純に意味のないところを押しているだけのようだ。場所も違うし押しかたも変。これでは効くはずもないのだが、効かないだけに、相手が痛そうな顔をするまでやたらめったら強く押してくる。痛そうな顔をすると自分はちゃんとできていると思うのかセラピストは満足げな笑みを浮かべる。

ホテルの近くなどに店を構える小さいマッサージ屋さんは、ほぼこんな感じだ。もちろん、中にはちゃんとした人もいるが、確率的にそういう人に当たることは少ない。そういう人は常連さんに予約されているからほとんど当たらないのかもしれない。それで、「世界で一番気持ちいいマッサージ」を探してみることにした